パッシブデザイン

パッシブデザインには、いつでもどこでも適用すれば解決するという一定の手法というものはあ りません。気候特性が違えば対応する手法が変わります。また、建物の使い方や構造方式によって、 選択・組み合わせが異なります。常に夏と冬、昼と夜の両面から検討する必要があるのです。色々 な手法を組み合わせ、時々にそれらが機能する仕組みの全体像として考えなければならないのです。 そのため、パッシブデザインの考え方は、基本的な設計から細部まで建築設計全体にゆきわたって なければならないのです。

1. パッシブデザインとは

パッシブデザインは、我々をとりまく環境がもっているエネルギー〔日射・気温・風・地熱〕など を利用し、あるいは排除して生活環境を調整します。そのときアクティブシステムのように、熱を 濃縮したり、風力を電力に変換したりする装置や機械に頼らず、建物自身の構造体に蓄熱したり、建 物の空間の作り方によって分配したりする手法や、夏と冬、昼と夜などで住み方を変える住み手の 手法によって行います。

しかし、パッシブデザインは、技術を否定したり、生活水準を昔に引き戻 す事を主張しているのではありません。新しい技術と解析の力を必要とし、自然や環境とより深く 関わったアクティブな生活を求めるものです。また、パッシブデザインだけですまそうというわけ でもありません。建物の設計によって熱環境を整え、快適な期間をできるだけ広げた上で、不足分 を適切な(補助)設備の組み合わせによって補います。

図1.1 建築的手法と機械的手法による室内気候の制御

1.1 設計全体の中で考える

窓は、室内に明るさを取り入れ、景色を眺め、部屋に広がりを与えるものであると同時に、それは 太陽熱を取り込み、またある時は室内の熱を逃してしまう口となります。通風は夏の体感を助ける 一方で、冬の隙間風や過度の換気は不快さや暖房負荷の増大になります。というように、窓を熱的 環境上の役割としてもとらえ、その位置・大きさ・構成・構造を考えます。

重い構造体や土間床があれば、それに室温の変動を小さくする蓄熱体としての機能を見出し、断 熱材との組合せ方や仕上の在り方を検討します。階段や吹抜けに、室内空間を演出する役割を考え るとき、同時に熱や気流の動きの上での有利さ不利さを勘案し、それに接続する空間との関係を考 えます。主要な居住空間に対して、付属するスペースを外界の影響を緩和する熱的バッファーゾー ンとして使います。植栽の計画も日射や通風を調整する上で大変効果があります。

このようにパッシブデザインでは、建築を構成する空間や部材・部品そのものを、居住環境を調 整する熱的役割としてもとらえるやり方をします。したがって、これまでの設備設計のように建築 設計とは別に分離して行うことはできず、パッシブデザインの設計は、建築設計行為全体の中にと け込んでしかできません。

また、自然環境を利用して熱的環境を改善しようとするパッシブデザインの手法の多くは、建物 の耐久性を向上させ、あるいは室内の衛生環境を良くしようとする工夫と共通しています。それゆ え、パッシブデザインを採用することによって、建築費がどれだけ増加するかを純粋にとらえるこ とは、一般には大変難しいのです。パッシブデザインのためだけの工事費といえるものはほとんど ないか極めてわずかであることが普通で、良く練られた設計であればあるほど、他の目的と渾然と して分離しがたいものになります。

1.2 うすく、広く、まんべんなく

地上にふりそそぐ太陽のエネルギーはあまねく広がっていますが、石油で得られる熱のように集中的で高温ではありません。パッシブデザインでは、太陽エネルギーを濃縮することは考えません し、機械力で運搬することもありません。それを我々が住んでいる建築空間に蓄えようとするので すから、うすいままで広く蓄える方法をとります。直射を受ける床や壁の熱容量が大きければ、蓄 熱体としては有効ですが、限られた面積ではやがてオーバーヒートしてしまい、蓄えられる熱量に は限界があります。そこから輻射される熱を受けて蓄熱する壁や天井面があれば、分布して蓄える ことができます。鉄筋コンクリート造では、十分な蓄熱体を配置することは容易ですが、木造では なかなか困難です。しかし、それでも土間床ほか、仕上面に蓄熱性の配慮がされていれば、熱容量 がほとんどない場合に比べて、格段に室温変動を少なくする効果は表われます。

天井や高窓は、一般に受熱面までの距離が大きいから、太陽の動きにつれて、自然に熱を広く分 布させてくれます。建物内の大きな自然対流や、小さなファンを利用して熱移送を計ることも一法 ですが、対流の経路が冷えた空気を人の足元や居住空間に引き込むことには注意が必要です。

通風を利用して夏の体感を改善しようとするときも、人間に風を当てようとするだけでなく、壁 面や天井や部屋の隅々にわたって緩やかな風を動かして、室内の表面温度を下げてやることが必要 です。またその前に、直射日光を遮り、熱の流入を抑える処置が十分なされていなければならない ことはもちろんです。パッシブデザインでは、どこか一点ですべてが改善されることはほとんどなく、こまめにまんべんなく配慮されることが必要です。

1.3 ディテールの役割

パッシブデザインの設計では夏と冬、昼と夜、利用と排除といった相反する問題を解決すると同時 に、利点を利用しながら不利を限度以内に抑える、断熱性と伝導性の適度な中間値をさぐるといっ た微妙なレベルでの矛盾を解決しなければなりません。教科書的な手法そのままでは、地域性や使 用条件の複雑さに対応しきれないのです。

屋上屋を重ねた過剰装備の計画にもなりかねません。そうした時に、巧妙なディテールのアイデ アや手法が問題を解決してくれることが多々あります。パッシブデザインは、決まったやり方があ るものではなく、こうした工夫の積重ねによって発展するものなのです。

2. パッシブソーラー設計の考え方 

2.1 熱の流れをデザインする

建物にかかる力をいかに速やかに大地へ伝えるかが構造のデザインだとすれば、パッシブデザイ ンというのは建物を通り抜ける熱の流れをデザインすることだといえます。建物の外から内へ、あ るいは内から外へ、熱は温度の高い方から低い方へ絶え間なく流れています。熱力学の法則が教え るように低い方から高い方へ流れることはありません。別の言い方をすれば、温度差のあるところ に熱の流れが生じ、温度差が無くなったところで熱の流れは止まります。

温度差のあるところでも熱抵抗が大きければ熱の流れは遅くなり、時間当たりに流れる熱の量は 小さくなります。遅くなれば温度差の変化もゆっくりとなります。熱の発生源は建物の内外の至る 所にあるわけですから、熱抵抗の大きさを適切に設定することによって熱の流れをコントロールで きるのではないか? つまり、必要な部屋の温度を一定に保つことができるのではないか? これは パッシブデザインの第 1 のポイントです。

もう一つのポイントは、熱容量を適切に設定すること。熱容量とは材料の、熱を蓄える特性で温度 差があって熱に流れが生じても、熱容量が大きければ温度の変化はやはりゆっくりになります。こ れによっても、必要な部屋の温度を望むように保つことができるのではないか? これがパッシブデ ザインの第 2 のポイントです。

要するに、建物を構成する部位の熱抵抗と熱容量の設定によって、熱の流れを制御することがパッ シブデザインの基本なのです。なあんだ、そんな単純なことかとがっかりされる向きもあるかもし れませんが、実はこの単純なことが難しいのです。何故か? まずそのことから始めましょう。

2.2 単純なことの難しさ

よく知られているように、熱の移動には、伝導と対流と放射(輻射)があります。熱の流れをコン トロールしようとすればこの 3 つを相手にしなければなりません。これが第 1 の面倒。

また、建物の熱の流れに影響する熱の発生源が、建物の内外にうんざりするほどあります。建物 に熱が流入する側(建物から見ると熱取得側)と流出する側(熱損失側)のそれぞれで、熱の流れを 起こす原因を考えてみると、ちょっと数えてみてもなんとその数の大きいこと、その種類の多いこ と! これが第 2 の面倒。第 3 の面倒は、これらの熱の発生が時々刻々変化することです。このことは、たとえばお天気の うつろいや気温の変化を思えばごく自然の現象であることと理解できるのですが、その扱いは考え れば考えるほど厄介です。なにしろ、熱の流れの量のみならず方向も絶え間なく変化しているとい うことですから。

このような熱の流れは「非定常」と呼ばれ、その熱の解析は「非定常解析」と呼ばれ、言葉の響き からしていかにも恐ろしく、難しそうに聞こえます。

一方、こんな厄介なことならば避けて通る道を探した方がよいと考える賢い人がいても不思議で はありません。建物を流れる内外の熱の移動の解析はさておいて、室内を一定にしておくために必 要な熱を時々刻々補えばよいではないかとする発想です。暖房や冷房、空調といった人工環境技術 です。しかし、いくらなんでも、建物を流れる内外の熱の移動をそのままにしておいたのではエネ ルギーがいくらあっても足りません。どうするか? えい、面倒だ。建物を流れる内外の熱の移動を なくしてしまえ。そうすれば省エネルギーが達成されるのみならず外部の変化に煩わされることも なくなるというものではないか。建物の内外をできるだけ遮断しようとする発想はこのようにして 生まれました。

図 1.2 建築にかわる熱移動の要因

人工環境技術の名誉のために言っておかねばなりませんが、きちんとした熱の解析をした上でこ の技術が適用される場合だって、もちろんあります。本来はこちらのほうが正統だし、近年はこの ように丁寧に熱や光が設計された優れた建築が増えてきました。手間ひまを惜しんでただ内外を遮 断するのは省エネの名の元に建築をつまらなくするようなもので、建築に対する冒涜です。蛇足な がら、いたずらに高断熱、高気密を競うのも同じ轍を踏む恐れが無しとは言えません。要注意。

3. パッシブソーラーの誕生

さて、パッシブデザインは解析の難しさゆえに、アカデミックな世界では長いことほったらかしにされてきました。もっとも、解析なんかしなくとも設計ができないわけではないのですから、するどい直感と豊かな経験からパッシブデザインを実現することもできるます。伝統的な民家とはそのようなものです。民家は茸のようなものだといわれることがありますが、地域に根ざした知識と生活の知恵が自然に形になったというわけです。もっとも、長い歴史上のトライアンドエラーの末に生き残ったデザインですから、淘汰された失敗作は数知れずあるはずです。

また、するどい直感と経験に基づいて優れた住宅作品を残したたとえばフランク・ロイド・ライトのような建築家もいないわけではありません。しかし、そのノウハウは秘伝として弟子達に受け継がれるに過ぎないのです。だれもが設計できるためには秘伝でなく科学として理屈が明らかにされなければなりません。すでに述べたように、建物を通り向ける熱の解析は厄介であり、理屈がわかった後でもその計算はため息がでるほどで、個々の設計に当てはめ、応用するのは至極大変でした。刻々変化する非定常な現象をいちいち計算しなくてもすむように、グラフや表をつかって設計の定石にまとめ上げようとした先人の工夫には本当に頭が下がりますが、それにしても実際的とは言えません。本格的な非定常計算ができるようになったのはコンピューターが普及してから、そしてだれもが計算を扱えるようになったのは、パソコンが普及してからです。先達の残してくれた熱の非定常解析の理論をベースに応用できるようになったのはここ20年程のことなのです。パッシブソーラーという言葉が作られたのは1976年で、世界的なエネルギー危機がその誕生、普及のひきがねになったとされますが、この時期がパソコンの黎明期であったことは単なる偶然ではないでしょう。

ともあれ、パソコンは、膨大な計算をいかにもやすやすとこなしてしまいます。移動する光や熱や空気を建物の形や建築部位の特性によって制御するという、いわば民家のローテク的発想が半導体の応用というハイテクの成果によって実現可能となったようにもみえます。これを設計の道具、デザインツールとして活用しない手はありません。


3.1 「設計の原則」と「デザインツール」、「シミュレーション」の違い

パッシブデザインには設計の原則(rules of thumb)がたくさんあります。いわく、集熱窓は南向きにすること、建物の断熱、気密に留意して保温性を高めること、室内には蓄熱部位を設けること、庇をつけること、通風を図ることなどなどです。このような物言いは「民家の教え」にも似ています。ひとつひとつはもっともですが、細かくつめていくとお互いに矛盾してきたり、程度の問題が気になったりしてきます。対象地の気候条件次第では効果の疑わしいものもでてきます。手前味噌ながら、かつて私たちのつくった「パッシブ建築設計手法事典」(彰国社)では、設計原則を網羅し、その根拠となるデータをできるだけ集めるように努めました。このような事典は設計のヒントを得、コンセプトをまとめるには有用ですが、さまざま考えられる代案の相互の比較には向いていません。優れた設計者はそこはカンと経験でなんとかきりぬけ、その経験をまた次の機会に生かすでしょう。しかし、いろいろな代案の性能予測が計算できれば、設計はぐっと楽になります。正確にもなります。ここらあたりがデザインツールの出番です。たくさんあるパラメーターの数字を入れ替えてみたり、気候条件を変えてみたりして、効果を比較してみることができるのです。

しかし、デザインツールは研究的実験を代替するシミュレーションとは異なります。設計のツールとするためにはそれなりの発想の転換が必要です。いたずらに部分的な精緻さを求めると全体のバランスが崩れるばかりか、膨大な入力の手間や長い計算時間にいらいらさせられます。また実用的ではありません。全体を見ながら部分の精粗のバランスをとり、できるところは単純化する工夫が必要です。建築的なセンスが必要だと言ってもよいでしょう。以下ではデザインツールのひとつEnergyPlus(他の無償で利用出来るツールは拙著「ESP-rとRadianceによる建築環境シミュレーション入門」(オーム社)で紹介しています。)を使いながら、パッシブデザインの切り口を示してみます。廻り道のようですが、その方がパッシブデザインの全貌と現在の到達点がわかりやすいから。

図1.3 住宅の熱的性能を決める要因

パッシブソーラーの基本はよく知られているように、建物の熱損失と熱取得のバランスをとりながら、また建物の熱容量を生かしながら、非定常な熱の流れの量と速度を制御し、それによって望ましい室内の温熱環境を形成しようとするものです。言い替えれば、地域の気候特性にあうように断熱性と集熱性と蓄熱性の適切な組み合わせを発見しようとするものと言えます。

パッシブソーラーハウスの性能を論ずるときには、第1に、建物の物理的な性能と、建設地の気候条件、それに暖房や冷房の設定、室内の熱発生や窓の開閉といった建物の使用のモードという3つの要因の組み合わせによって性能が決まるものだということを前提にする必要があります。その前提の下で断熱性、集熱性、蓄熱性といった具体的な建物の物理特性を考える必要があるのです。

3.3 パッシブデザインの性能

パッシブソーラーは暖房から始まりましたが、夏の性能を無視するわけには行かないので双方をまとめてパッシブデザインの性能と呼ぶことにします。すでに明らかなように性能といっても一筋縄ではいきません。冬の性能がよければ夏の性能もよいとはかぎらないし、冬や夏のいずれかの温熱に関わる性能だけを取り上げても、性能の指標は一つではありません。暖冷房負荷といったところで、どのような設計温度にしたのか、またどのような時間帯で暖冷房を使用すると設定したのかで数値の持つ意味は異なります。さらに、そもそも自然室温(暖房や冷房を使用しない状態での室温)によって示される性能と暖冷房負荷によって示される性能が一致するとは限りません。結局のところ、設計者各人が自身で設計したモードで、自身が知りたいと思う性能の指標を選ぶしかないのです。

(小玉祐一郎 神戸芸術工科大学教授 工学博士 、建築家)


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